ショートペーパーを扱う雑誌の拡大(2021年2月時点)
2年くらい前に米国経済学会が新たに創刊した雑誌American Economic Review: Insights (AER: Insights)についての雑感と経験談を書きました。
その際に、新雑誌が成功しないかもしれない要因として、
リジェクトされたら次にどうするか。論文の形式としては前述のようにScienceに近いがScienceは投稿できるトピックが経済学では限られているし現実的なオプションではない。論文を短縮化するには努力が必要で、それは次に生きない努力かもしれない。
という要因があり、そのことによって、ショートペーパーを書くインセンティブが著者側に十分にないかもしれないということを書きました。それ以降、AER: Insightsのようなショートペーパーを扱うと明示的に宣言する雑誌がだいぶ増えてきて、この懸念は解消される方向に向かっているように思います。背景にはショートペーパー需要があったことに加え、コロナ禍のもと、政策的に重要な論文の出版プロセスをできるだけ速めたい雑誌側の思惑があったように思います。この記事では、現在調べた限りの情報を共有したいと思います。なお、この情報は2021年2月27日時点の情報であり、今後の(あるいは現時点ですらも)正確性は保証しません。
American Economic Journal (AEJ)各誌へのレフェリーレポート移転ポリシー
AER: Insightsでリジェクトされた論文を、AER同様にAEJ: Applied EconomicsなどのAEJ誌にAER: Insightsでのレフェリーレポートを添付して投稿できるようになっています。例えば、以下はAEJ: Applied Economicsの投稿ガイドラインへのリンクです。
https://www.aeaweb.org/journals/app/submissions/guidelines
ショートペーパーに対するガイドラインを新設した雑誌
トップフィールド以上のランクの雑誌では少なくとも下記のものがショートペーパーを扱うと明示的に宣言しています。
雑誌名 | 語数・図表数 | 決定方式 | 速さ |
---|---|---|---|
AER: Insights | 6000語・5個まで | 条件つきアクセプトかリジェクト | 査読に回った際のメディアンが44日*1 |
Review of Economics and Statistics | 6000語・5個まで | 通常のR&Rかリジェクト | 通常通り |
Economic Journal | 6000語・5個まで | 通常のR&Rかリジェクト | 通常通り |
Journal of Public Economics | 6000語・5個まで | 条件つきアクセプトかリジェクト | 4-6週間 |
Journal of Development Economics | 6000語・5個まで | 条件つきアクセプトかリジェクト | 4-6週間 |
・語数・図表数はみなAER: Insightsのものを踏襲していますね。なお、6000語というのはEconomics Lettersの3倍なのでそこまで短いわけではありません。自分の論文ですみませんが、WP版だとこれくらいの分量です。
・Journal of Public EconomicsとJournal of Development Economicsは(デスクリジェクトされず査読に回った場合)、条件つきアクセプトかリジェクトのみ、というところもAER: Insightsの方針を踏襲しています。ただし、両誌とも条件つきアクセプトの際には4週間以内に修正して送り返さないといけないと書いています。AER: Insightsはsubmission guidelineには書いてありませんが私の論文の時には8週間でした。
・それに対して、Review of Economics and StatisticsとEconomic Journalは査読プロセスそのものは通常の長さの論文と同じのようです。これだと、レフェリーに特別な指令がいかない限り、R&Rになった場合でも大量の追加分析を要求されるような気もしますが。。
・細かい点では、AER: InsightsとReview of Economics and Statisticsでは図表を1個減らすと200語文章を増やせるようです(つまり図表を全部なくすと7000語まで書けることになります)。また、Appendixのページ数に制約がある雑誌もあります。
・その他の雑誌では、Journal of Urban EconomicsがJournal of Urban Economics: Insightsを創刊すると宣言しています。創刊号はCovid 19特集ですが、それ以降、他のトピックも扱うようになる模様です。リンク
・World Development Perspectivesという雑誌が5000語のようです(↓)。この雑誌はAER: Insights創刊以前の4-5年前に創刊されているようです。情報ありがとうございました!
このリストは、とっても有益ですね。大変ありがとうございます!World Development Perspectivesはどうでしょうか。5000語までと書いているようですが、査読プロセスについては書いていないかもしれません。
— Yasu Sawada 澤田康幸 (@yasusawada) 2021年3月1日
Melissa Dell氏2020年John Bates Clark Medal受賞に関する資料集
Melissa Dell・ハーバード大学教授が米国経済学会の2020年のJohn Bates Clark Medalを受賞しました。私は彼女が博士課程を修了した直後からの知り合いでずっと研究のファンでしたし、共同研究もさせてもらったことがあるのでとてもうれしいです。心から祝意を表したいと思います。
この記事では、
(1)米国経済学会の受賞記事を意訳して関連論文情報補足
(2)webで見ることができるMelissa Dellの講演、インタビューへのリンク (2021. 2. 28 更新)
(3)日本語で読めるMelissa Dellの論文解説へのリンク
(4)おまけ
(5)文献リスト
の提供を行いたいと思います。
- (1)米国経済学会の受賞記事の意訳+関連論文情報補足
- (2)webで見ることができるMelissa Dellの講演、インタビューへのリンク
- (3)日本語で読めるMelissa Dell論文紹介・解説
- (4)おまけ
- (5)文献リスト
(1)米国経済学会の受賞記事の意訳+関連論文情報補足
追記:この記事に加え、Daron Acemoglu氏によるより詳細な解説論文がJournal of Economic Perspectivesに掲載されています。(2021年2月28日)
Melissa Dell: Winner of the 2020 Clark Medal - American Economic Association
Melissa Dell, Clark Medalist 2020
https://www.aeaweb.org/about-aea/honors-awards/bates-clark/melissa-dell
以下、www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳した後に意味を取るために大胆に調整、補足しました。
記事ではMelissa Dellの貢献を(A)制度の持続的な影響に関する実証研究、(B)現在の政策的に重要な問題(特に紛争問題)に関する研究に分けて記述しています。論文情報は私が[]で補足して、参考文献に対応する番号を入れました。
(A)制度の持続的な影響に関する実証研究
社会の発展において制度が果たす役割は歴史、政治経済、経済発展の理解において中心的な問題である。Melissa Dellは、慎重かつデータ収集と手堅い実証手法を組み合わせる方法を開拓しながら、国家やその他の制度が一般の人々の日常生活や経済的状況に果たす役割についての理解を深める研究を行ってきた。これにより、経済開発における政治経済学の分野全体に新たなエネルギーと方向性をもたらした。
EngermanやSokoloffと言った歴史家は、長い間、制度の持続性と歴史的出来事が途上国に「長い影(long shadow)」を落としたと主張してきた[例えば参考文献(10, 11)など]。例えば、国際比較によって、植民地時代にラテンアメリカと北米では労働を組織する方法が異なっていたことを指摘し、これらの違いが長期的な影響を与えていたという考えを提示した。より一般的には、Acemoglu、Johnson、Robinson[多分参考文献(1, 2)など]は、植民地時代に、主に偶発的な理由で異なる制度が導入された国々の経験を比較し、初期の違いが今日でも重要であることを示している。
Melissa Dellの研究では、国際比較ではわからないことを明らかにするため、歴史的な偶然や特殊性を利用して、特定の制度の持続的な影響を非常に説得力を持って立証し、その影響がどのようにして起こるのか、具体的な経路を探っている。
このことは“Persistent Effects of Peru’s Mining Mita” (Dell, 2011, Econometrica)[参考文献 (3)]できれいに示されている。この論文でDellは、現在のペルーとボリビアの地域で銀や水銀の採掘を維持するためのスペインの強制的な労働徴集制度が、地理的な不連続性に基づいて構築されたという事実に着目している。特に、鉱山周辺の集水地域にいた男性は強制労働制度(ミタ, Mita)の対象となり、それ以外の地域にいた男性は強制労働制度の対象とならなかった。これらの制度は300年以上前に廃止されたにもかかわらず、その政治的・経済的な影響は継続していた可能性がある。
彼女の論文では、このことを空間回帰不連続設計(spatial regression discontinuity design)を用いて調査し(なお、このこと自体が方法論的な大きな貢献だった)、非常に大きな持続的効果を発見した。境界線の内側に住んでいる家族は、境界線の外側に住んでいる家族よりも約20~30%貧しく、子どもの発育阻害率も高い。
この論文では、以前の文献に見られるクロスカントリー・アプローチを、変動の原因を詳細に分析することでさらに充実させ、制度の効果がどのようにして生じ、持続するかのメカニズムを徹底的に分析している。
Mitaの今日の生活水準に対する負の効果は、Mitaが公共財の不足を生じさせることによって起きている可能性が高いことを示し、これが集水地域の内外の経済構造に関係していることを示唆する証拠を提供している。特にこの論文では、Mitaの影響を説明する上でのハシエンダ(hacienda)の役割を明らかにしている。Haciendaは大規模な農場単位であり、これらの農場を市場につなげるための道路の資金を提供するために政府に影響力を持っていた。Dellは、Mitaの集水地域の外には、Mitaの内部よりも多くのHaciendaが存在していたことを発見している。Haciendaは搾取的な機関である可能性が高いが、それでも国家による強制的な支配よりも長期的な低開発を助長するものではなかった。この観察は、ラテンアメリカにおける開発の遅さを土地所有権の集中と関連づけていた説に反しており、土地を所有するエリートがある意味で経済開発への道を提供していることを示している。
Dellのこの種の研究の他の3つの画期的な論文は[参考文献(4, 7, 8)]、メキシコ、ベトナム、インドネシアの特定の制度の持続的な影響を探し、個々の偶発性の高いできごとを利用するという同様のアプローチに従っている。
これら4つの論文は、経済開発の政治経済学研究への大きな貢献であり、歴史的な偶発性の高いできごとの持続性を分析する方法、さらには一層困難な仕事である、その持続性が生じる理由をを分析する方法を示している。
(B)現在の政策的に重要な問題(特に紛争問題)
Dellの研究の第二の流れは、こんにちの政策に関連した問題に答えるもので、多くの場合は紛争に関連している。ここでもDellは、創造的で新しい実証的戦略をデザインしている。Dellは、「麻薬密輸ネットワークとメキシコの麻薬戦争」 "Trafficking Networks and the Mexican Drug War"(Dell, 2015, American Economic Review, [参考文献 (5)])で、メキシコの麻薬戦争が地域の経済発展にどのような影響を与えたかを分析している。Dellは、PAN党(反カルテルが強い)からの市長が僅差で当選した市町村と、その党からの候補者が僅差で敗北した市町村を比較した。Dellは、PAN党の市長がカルテルに対して強硬な路線をとったことで、ギャング内の暴力が誘発されたとしている。さらに重要なのは、空間的ネットワークを介して犯罪活動が波及していことを初めて示した。ギャング同士の暴力が蔓延している自治体は、麻薬を米国に輸送するための魅力的な場所ではなくなってしまう。彼女はその後、麻薬の栽培地点から米国への入国地点までの道路ネットワークを構築している。彼女は、麻薬抗争の影響を受けた自治体を避けて、米国入国地点までの代替的でより「平和的」な経路上にある自治体に麻薬カルテルの活動がシフトしたことを示している。
この分野の第二の論文は、「外国の介入を通じた国家建設:軍事戦略の不連続性からの証拠」“Nation Building through Foreign Intervention: Evidence from Discontinuities in Military Strategy” である。(Dell and Querubin, 2018, QJE, [参考文献(9)] Dellは米軍の軍事政策(攻撃対象設定)に生じた不連続性を利用しており、村を連続的な尺度で採点した後、その村がどのように扱われるかを決定する離散的なバケットに分類している。そのため、(連続的な尺度で)非常に似たような村が、バケットに入る基準の片側か反対側にある場合は、米軍の軍事行動において非連続的に異なる扱いを受けることになり、この非連続性によって、米軍の軍事行動の違いの影響の評価が可能になった。また、アメリカ陸軍と海兵隊が採用した戦略の違いによる効果の違いを検証し、陸軍のより強引な政策がベトコンへの支持拡大につながったことを示している。
Dellは、その実証戦略における創意工夫、分析の精緻さ、好奇心のおかげで、開発の政治経済学の分野に大きく貢献し、無数の人々にインスピレーションを与えてきた。彼女は変革をもたらした人物であり、クラーク・メダルの受賞にふさわしい人物である。
(2)webで見ることができるMelissa Dellの講演、インタビューへのリンク
1. 本人の講演で本人の研究の振り返り、今後の展望を含んだ一番包括的なものは、
Melissa Dell (Harvard), Calvó Prize 2018 (Full Lecture)
2. 若干短めのものとしては米国経済学会の別の賞である
2018 Elaine Bennett Research Prize Recipient: Melissa Dell
3. 上記の賞受賞の際のインタビューがCSWEPのニュースレターに掲載されています。
https://www.aeaweb.org/content/file?id=11135
手島さん@tetteresearch による解説、ブックマーク🙌
— 奥山陽子 (@yoko_okuyama_jp) April 29, 2020
Dell氏は去年Committee on the Status of Women in the Economics Professionから2年に1度女性経済学者に授けられるBenett Prizeも受賞.
CSWEPインタビューではオクラホマ州の小さい街からハーバードに来た経緯なども.https://t.co/XM9UjYcDAa https://t.co/HUmC27KUUW
(奥山さんありがとうございました)。
今後の経済史研究に起こることとしてcomputer vision, deep learning, and natural language processingなどの情報技術の進展によって使用可能になるデータの種類が増大しそれらによってできる研究が増大するだろうと語っています。またそのために若手研究者にはそれらの技術の習得を進めています。
(2021年2月28日追記) AEAのJohn Bates Clark Medal受賞者としてのインタビューも公開されました。
4.実際に、彼女は現在、日本の歴史データを使って研究を行っています。以下は今回の記事の趣旨からすれば「番外編」ですが、彼女が現在精力的に進めている、年鑑のような本から情報を自動取得する手法についての研究報告を見ることができます[参考文献(12, 13)]。今までは企業年鑑や紳士録のようなデータは手入力することが主流で電子化コストが高く十分に使われていませんでしたが、彼女の手法が広範に使えれば数量的な歴史研究に使えるデータが増え、さまざまな研究が進展するかもしれません。
Kaixuan, Shen, Zhou & Dell. “Information Extraction from Text Regions with Complex Tabular Structure.” https://t.co/z4d1HASsqP
— K. Teshima 手島健介 (@tetteresearch) March 4, 2020
年鑑のような本から情報を自動取得する手法を作ったとして去年のNBER Japanを震撼させた研究の(多くのうちの)1つのステップがざっくり語られてる。 pic.twitter.com/fh6gfLzxxG
IDSS Distinguished Speaker Seminar with Melissa Dell (Harvard University), Dec 2, 2019
(3)日本語で読めるMelissa Dell論文紹介・解説
1.Dell (2015) AERについては、twitterで「ア㊙イさんのお尻」さんがまとめています。
2. 前のセクションの「(B)現在の政策的に重要な問題(特に紛争問題)」に関しては、米国経済学会の記事では触れられていませんが(涙)、Dell, Feigenberg and Teshima (2019) AER: Insightsという論文があります[参考文献 (6)]。これについては、自分の書き物で恐縮ですが、
手島健介(2019)「仕事がないと「悪人」に? メキシコ麻薬戦争の経済学」週刊東洋経済2019年4月27日・5月4日号。があります。
(4)おまけ
Very exciting news!
— Matt Notowidigdo (@ProfNoto) October 29, 2018
Back in 2007 I organized the MIT labor lunch, and I can tell you it was pretty intimidating when **first-year** student Melissa Dell came in and presented this paper on the persistent effects of the forced mining labor system in Peru https://t.co/X6cISaopDO https://t.co/FgTKRpTeIJ
"Mita論文"はMIT在学中PhD1年生の時には報告可能なほどに進めていたみたいですね。。
(5)文献リスト
フォーマットの不統一は気が向いたら直していきます。論文タイトルにリンクが貼ってある場合論文ダウンロードサイトに飛べます。Acemoglu, Johnson and RobinsonおよびEngerman and Sokoloffは古典なのでタイトルでググればpdfファイルがどこかに落ちていると思います。
(1) Acemoglu, Daron, Simon Johnson and James A. Robinson. 2001. "The Colonial Origins Of Comparative Development: An Empirical Investigation," American Economic Review, 2001, v91(5,Dec), 1369-1401.
(2) Acemoglu, Daron, Simon Johnson and James A. Robinson. 2002. "Reversal Of Fortune: Geography And Institutions In The Making Of The Modern World Income Distribution," Quarterly Journal of Economics, v107(4,Nov), 1231-1294.
(3) Dell, Melissa. 2011. “The Persistent Effects of Peru's Mining Mita.” Econometrica 78, no. 6, 1863-1903.
(4) Dell, Melissa. 2012. “Path Dependence in Development: Evidence from the Mexican Revolution,” Working Paper.
(5) Dell, Melissa. 2015. “Trafficking Networks and the Mexican Drug War.” American Economic Review 105 (6). 1738-1779.
AER: Insightsについての雑感
AER: Insights創刊の意図
公式HPを見ると以下のように書かれています。
AER: Insights is designed to be a top-tier, general-interest economics journal publishing papers of the same quality and importance as those in the AER, but devoted to publishing papers with important insights that can be conveyed succinctly.
また、経済学における実証研究やより政策に密接に関係する研究が増え、政策的なホットトピックに関して質の高い実証研究をタイムリーに出版することに対するニーズが高まっているということもあるのかもしれません。
AER: Insightsの特徴
少なくとも以下の2点があげられると思います。要は短く、速く、ということですね。
- AERに比べて短い(字数制限は6000語でAERの3分の1前後。ただし、より短いノート形式の雑誌であるEconomics Lettersの約3倍なので、そこまで短いわけでもない)。図表数は最大5個。
- 投稿して、レフェリー査読に送られた場合、その結果はリジェクトか、条件付採択のみ。エディターはExpositional change以上を要求しないことにコミットする。
なお、最初の字数、図表数制限はScienceを参考にしたと言われています。実際似ています。Scienceが社会科学系でもトップジャーナルになろうとする動きを見せて速報性で勝負しようとしてきたのに対抗したという説もあるようですが、真偽はわかりません。
AER: Insightsは成功するか
- 研究者が論文を書いたとして、それが文句なしのトップジャーナルの質であればなぜまだ評価が定まっていない新雑誌に投稿するのか。→新雑誌に投稿するからには文句なしのトップジャーナルの質ではないに違いない。→そういう論文が多く投稿されるからには平均的にトップジャーナルの質になるはずがない。という予想が自己実現する。
- リジェクトされたら次にどうするか。論文の形式としては前述のようにScienceに近いがScienceは投稿できるトピックが経済学では限られているし現実的なオプションではない。論文を短縮化するには努力が必要で、それは次に生きない努力かもしれない。
成功する(と皆が思う)かもしれない要因としては、
- AERはもともとShort papers sectionというのがあって、今回AER: Insightsの発行にあたりそれを廃止した。業界的にはShort papers sectionの独立、手続き簡素化という説明もされているようで、AERのshort papersに載った論文は普通にAER扱いされている、というかどの論文がshort papers sectionに載った論文かを誰も気にしないレベルなので、Short papers sectionの独立なのであれば新雑誌もAER同等の扱いがされるはず。(ただし、Short papers sectionの独立、手続き簡素化という説明は公式にはされてないと思う)。
- 査読が速く、条件付採択か棄却のみで条件付採択からも8週間での再投稿が求められる。これはトップ5にそんなにがつがつしない大物やテニュア(中間)審査前の若手には強烈な魅力になる。
- 米国経済学会はAmerican Economic Journal (Applied, Micro, Macro, Policy) という準トップジャーナルレベルの新雑誌の創刊を約10年ほど前に行いそれに成功した実績がある。
- 米国経済学会はこの新雑誌の立ち上げに先立ち、American Economic Review: Papers and Proceedings (AER P&P)という、米国経済学会年次大会のプロシーディング集であって通常の論文査読がつかないがAERという名前を冠していたため業界に混乱をもたらしていた雑誌の名前を American Economic Association: Papers and Proceedingsに変更しAER ブランドを守る方向を打ち出した。新雑誌はそのAERを冠している(まあこれが原因で一部でAER P&PとAER: Insightsが混同されることはあるかも知れませんが)。
AER: Insightsに関するほかの論点
- 迅速な投稿処理のためにはデスクリジェクトの確率が相当高くなるはず。有名大学所属の研究者を含まない著者陣の論文にどれだけ開かれたものになるかは未知数。
- 長いAppendixが許されておらず、実証分析でRobustness checkがどの程度されていたらOKと思われるのかに関して基準が定かでない。すでにトップジャーナルに論文が掲載されていてエディターやレフェリーからの信頼がある人がさらに有利になる可能性がある。
これはは有名大学以外の著者に雑誌が開かれたものになるか、という論点です。これらが雑誌の成功に関係するかはわかりません(むしろ成功したら起きる現象かもしれない)。
私の経験
そもそもなぜ投稿先に選んだのか、ということは省略します(聞きたい人が万一いたら飲み会で)。
- 投稿後ほぼ2ヶ月(57日)で条件付採択の通知が来ました。そこから8週間の論文修正の期間を設定され、締切直前に再投稿。さらにその約4週間後に採択決定通知。
- これは相当に迅速でありそれだけですばらしいのですが、さらによかったのは、レフェリーレポートが3通あって2通が肯定的、1通が否定的評価で、否定的評価だった1通はある先行研究2本に対する貢献が不十分という評価だったのですが、編集長がその2本を読み込んだ上で「これらの論文に比べてちゃんと貢献があると思うけどその貢献がしっかり書かれてないのでしっかり書きなさい」と言ってくれたことです。また、全レポート3通を読み込んで、何をどうすればいいかの指示を詳細に(プリントアウトしたらA4用紙3枚分)してくれたことにも驚きました。
- また雑誌が条件付採択か棄却しかしないということでレフェリーレポートの内容も他雑誌とはだいぶ異なりました。肯定的なレポートは基本的に説明、構成の改善が中心でした。否定的なものも恐らく貢献が十分でないと思ったらそれだけ書いて棄却していいよと指示されているのか、非常に簡潔なものでした。なので、やることが具体的だったのがとてもよかったです。もっともAppendix の表を本文に持ってこいとかあると、その分析のrobustness checkをやる必要があったり、この結果とこの結果もっと整合的に説明できない?とかいわれたりするとそれでまた追加分析をやる必要があったりして作業量としては"Expositional changeだけを要求"という文言から想像してたものよりかは多かったですが。
- まあ、こうした編集長の熱意あるサービスとレフェリーの傾向が続けば雑誌の成功確率は高いように思います。
- でも、実はこうしたことよりも、この雑誌成功するかも!、と一番思ったのは、投稿しただけで、2ヶ月で業界が一目おく雑誌から条件付採択がくるかもしれないというだけで、すごいハッピーな感覚を味わった時でした。
最後に
トップジャーナルに載る論文には絶対トップジャーナル間違いなしの論文とトップフィールドでもおかしくない論文があって自分に書けるのは後者の論文がほとんどだから重要なのは、一本一本の結果には一喜一憂しないでそういう論文をコンスタントに出し続けることと一本一本の質をできるだけ上げることだと思ってる。
- 今後の同トピックの研究を掘り下げて積み上げていくことによって論文の価値を上げ、さらには雑誌の価値を上げることに貢献すること。
- 同じ質の論文を今後も書いていくこと。
だと思うので、これらに努力したいと思います。
9月24日-9月30日 有用twitter リンク
1.開発経済学(NEUDCに報告申し込みされた論文)のテーマ
開発経済学のいま
— Yuki Higuchi (@Y_Higuchi_Econ) 2018年9月26日
1. ブーム継続中、むしろ、より流行りつつある
2. ポリエコ(や制度・汚職)研究が増えている
3. 調査地は今やアフリカと南アジアが中心で、ラテンアメリカは下火
4. RCT・自然実験が相変わらず多い、RDD・DIDが増えてきている、PSM・いわゆるIVは下火、MLは増えつつあるがまだ少数 https://t.co/SOX4waIhK3
元記事の分析について、1点コメント。
マクロと貿易の論文がNEUDCでないとあるが、それらの分野の訓練だけだと開発経済論文の理論志向の低さが辛く、手法の肝がわからないので、交流する意義を見い出しにくいからだと思う。論文自体は多いのでは。私今年出さなかったのは研究費不足とコーネル遠いからですが。 https://t.co/cKuQgRv67W
— K. Teshima 手島健介 (@tetteresearch) 2018年9月28日
2.スタンフォードの小島さんが本を書く模様!
【緩募】マッチング・マーケットデザインの本を書く予定(経済セミナー連載記事をもとにして膨らましたもの)なんですが、読んでコメントしても良いよ、という方がいらっしゃたらご連絡ください。謝礼用意するあてが(今のところ)ないのでやりがい搾取ぽくてすみませんがよろしくお願いします!
— Fuhito Kojima (@fkojima79) 2018年9月26日
3. 東大山口さんの、幼児教育の効果の解説
この記事では、保育園・幼稚園が子どもの発達に及ぼす影響を評価した、国内外の科学的研究を広く紹介しています。ヘックマン教授の一連の研究についての正しい読み方も解説してあるので、ぜひ読んでみて下さい。https://t.co/5oikBO0Bkk pic.twitter.com/tbT6d8fjDL
— 山口慎太郎 (@sy_mc) 2018年9月28日
このトピックの一般向け経済学研究レビュー記事として、今読めるものの中のベスト記事ではないか→子どもが「問題児」になりにくい保育の神通力 幼児教育の経済学が示唆する可能性とは? | 経済学で読み解く現代社会のリアル https://t.co/kFbYnCkx3j #東洋経済オンライン @Toyokeizaiさんから
— 安藤道人 (@dojin_tw) 2018年9月29日
9月17日-9月23日 有用twitter リンク
一橋大学真野さんの研究紹介。
【実験でわかった「貯金をできる人」になる方法】 エチオピアで零細企業家426人を対象に実験 : https://t.co/CKJ1XluVvp #東洋経済オンライン
— 東洋経済オンライン (@Toyokeizai) 2018年9月19日
ミクロデータを活用した政策研究についての市村英彦・北村行伸・大竹文雄・野口晴子各氏のディスカッション。
2015年のものですが、第51回ESRI経済政策フォーラム「ミクロデータを活用した政策研究について」のサイト。パネリスト:市村英彦・北村行伸・大竹文雄・野口晴子、モデレーター:西川 正郎、というメンバーでの当時の資料や議事録が公開されています。https://t.co/oiF0TBgLSq
— 尾崎大輔 (@zakidai) 2018年9月20日
アジ研工藤さんの Sara Lowes, Nathan Nunn, James A. Robinson, and Jonathan Weigel, "The Evolution of Culture and Institutions: Evidence from the Kuba Kingdom," Econometrica, Vol. 85, Issue. 4 (July 2017): 1065-1091の紹介。
第5回 しつけは誰が?――自然実験としての王国建設とその帰結《途上国研究の最先端》(工藤 友哉) https://t.co/rpFeipKF6O
— ジェトロ・アジア経済研究所 (@ide_jetro) 2018年9月20日
一橋大有本さんの力作書評。
書評書きました:https://t.co/sYIjpGTFw0
— 有本寛 (@arimotoy) 2018年9月23日
大野昭彦著『市場を織る―商人と契約:ラオスの農村手織物業―』
市場を織る: 商人と契約:ラオスの農村手織物業 (地域研究叢書) 大野 昭彦 https://t.co/EnJyHfnKGz
もっとじっくり詰めて考えて書きたかったのですが,締切の制約なかでのベストです.
横山和輝 日本史で学ぶ経済学 (雑読みでの雑感)
名古屋市立大の横山和輝(@ecohis)さんの新作「日本史で学ぶ経済学」が刊行されていた。前作「マーケット進化論」で多くを学んだので買ってみた。ざっとしか読んでないので誤解もあるだろうがとりあえず(あと、3章と7章なんとなく何も読んでない)。
本へのリンクはこちら。
・「はじめに-経済学のレンズで歴史を学ぶと、ビジネスのヒントが見えてくる」でご本人が本の魅力をとてもよく解説してるし、経済学と歴史をあわせて学ぶ意義のいい説明にもなっている...のでできればその部分を公開するといいと思うが、少しだけ引用するなら、
歴史は「取引のあり方や値段の決まり方を切り口として、人間がどのような行動をとるのか」を探るヒントの宝庫なのです。過去の出来事と現代の問題との間を経済学を通じて結びつけて考えることができる、ここに歴史で学ぶ面白さがあります。
と書かれている通り、横山さんが「過去の出来事と現代の問題との間を経済学を通じて結びつけて考えたこと」(のたくさんのうち自信がある部分)とその考え方を示してくれている。
・経済学か歴史のどちらかの興味・知識があれば興味深く読める本だと思う。「一見無関係なことが実は密接につながっている」と書いてあるようにフリマアプリやショッピングモールといった現代のプラットフォーム・ビジネスと楽市楽座の共通点といった、単語は聞いたことがあるものが経済学のロジックで共通点が見出せることがわかるのは楽しい。というか、中高時代単語だけ覚えたものに意味づけが与えられるのはなんか得した気がする。
蛇足1 1章はそれぞれの内容は貨幣の本質に関わる話でとても面白かったが、読者の知識、先入観が人によって全然違うと思われる暗号通貨の話に結びつけるのがよかったのかよくわからない。
蛇足2 楽天の名前の由来は楽市楽座なんだからプラットフォームの経済学の専門家をチーフエコノミストとして雇っても楽市楽座の研究用ファンドを作ってもいいのでは。
・学習・教育面では、例えば金融を勉強してる時に金融制度の解説を読む時・する時などで「第4章 銀行危機の経済学」をあわせて読むと金融危機を防ぐ仕組みがどのような経験に基いて作られてきたか、それらがなかったときにどのように危機を悪化したかがわかってより理解が深まるかもしれない(最近金融論の教科書を読んでないので、実は最近の教科書ではそういう工夫がすでになされているかもしれない)。
・人に働いてもらったり、何かの集まりを組織したり、何かの仕組みを改革したり、したふりをする必要がある際に参考になる...のかはわからないが参考にする材料が増えるとはいえそうだ。そういう参考材料としての歴史事例を読んで考えることの、同時代のそういうテーマ(組織改革や人材管理)の教科書や成功失敗事例集を勉強することに対するメリットは何だろうとちょっと考えて見た。歴史事例だと長期的な結果がわかってる、利害関係がないから冷静に見れる、背景が違う分自分が当然と思ってた、または変えられないと思ってた要因の変化を見ることができる、あたりだろうか。もちろん背景が違う分、直接参考にならない部分は大きいという欠点はあるがそれは長所と表裏一体の関係だから仕方ないのだろう。何が違って何が適用可能か、ということを理解するためには経済学的な思考の枠組みを身につけましょう、ということなのだろう。
・5章の徳川吉宗の改革だが、紀州時代の側近の登用、また幕僚機構の分割による各人の担当範囲の限定化が効果があったとされているが、それぞれ潜在的には短所もありえそうに思える。前者は側近の知識不足、権力乱用とか、後者は担当範囲間の連絡の欠如による非効率さとか。それらの方策の長所>短所が成立している状況だったことが補足してあればよかったかもしれない。似たような印象を少し2章の最初に持った。まあ、これは多くの事例、トピックをカバーする関係上仕方なかったのかもしれない。これらのトピックでもっと深く分析できると思った人は組織の経済学の本などに進めばいいように思う。
・じっくり読み直したい章もあるので、また何か書くかも。
経済セミナー2018年8・9月 今知りたい開発経済学
経済セミナー2018年8・9月号で開発経済学特集が組まれている。
kindle版を買ってみた。
・個々の研究者のそれぞれ読み応えのある論考で開発経済学のトピックの広がりがわかり、その上で最初の対談部分で開発経済学と実務の関係で出てくる論点に多く触れることができる、いい特集だと思う。
大雑把に(各項目1-2文で)内容を書くと、
青柳恵太郎×佐藤寛×高崎善人「現場では何が問題となっているのか」
対談で...話題と視点が多岐でまとめるのが大変なのでセクション名だけ「援助をとりまく現状」「エビデンス・ベーストを求める流れ」「経済学と社会学」「開発とビジネス」「実務家と研究者」「若い人へのメッセージ」。実務者と研究の連携における経済学と他分野の関係、研究者のインセンティブなど、重要なトピックが議論されていた。
黒崎卓「開発経済学の功績」は開発経済学の歴史をたどり、最近のミクロ計量化、トピックの拡大などを説明した後、経済学、途上国それぞれに与えた影響を解説している。
山﨑潤一「開発経済学の潮流-データを切り口に」は衛星画像データ、企業内データ、土地生産性データ、といった最近開発経済学の研究に多い使われるようになってきたデータなとそれらをうまく使った研究を紹介している。
中野優子「アフリカにおける緑の革命にむけて」はアフリカの農業技術向上に向けての障害(信用制約、知識制約、環境制約など)と対応法(灌漑稲作技術研修)を著者の研究を紹介しながら解説している。
有本寛「開発経済史 「途上国」日本からの学び」はマイクロファイナンス、粗悪肥料問題の2つの情報の非対称性が問題になる開発経済学のトピックに関して発展途上時期の日本の歴史的経験を情報の経済学の観点から解説したうえで、そのような日本の歴史的な経験から今日の途上国のそれらの問題の対処のために学べることを議論している。
庄司匡宏「行動経済学/実験経済学を用いた開発経済学の可能性」はセルフコントロール問題の貯蓄への影響、損失回避選好が技術導入に与える影響、協調性・信頼の実験を使った数値化などの行動経済学、実験経済学分析が開発経済学で使われている例を解説している。
以下感想。
・個々の研究者のそれぞれ読み応えのある論考で開発経済学のトピックの広がりがわかり、その上で最初の対談部分で開発経済学と実務の関係で出てくる論点に多く触れることができる、いい特集だと思う。(冒頭でも書いたが重要なので二度書いた←コピペですが)。
・開発経済学は経済学内のほぼ全分野、経済学以外でも様々な分野と関わるのだから、開発経済学者以外でも自分の専門分野を生かしてどんどん開発経済学分野の研究に関わればいいと思う。
・同じ理由で、学生・院生の人の場合は開発経済学を専門にしたい場合でもどれかもう1つこれが自分の専門だと言える別分野を持っていたほうがいいように思う。あと、山﨑さんが書いてるようにどんどん新しいタイプのデータが研究に使われてきているので、テキスト分析、画像分析、機械学習、GIS、ネットワークなどなどできるようにデータ分析能力への投資を今のうちにやっておくといいいと思う。年取ってからだと時間的・学習能力的に厳しくなるので(泣)。あと、これも山﨑さんが書いていたが無料の公開データが多いので技術さえあれば分析できるというのもとても重要なことで、私みたいにデータアクセスしか能がないとまではいわなくてもデータアクセスが研究上の資本の1つ(今書いてて自分で傷ついたので書き直し)中年の価値は下がるがそれはおいといて、意欲的な学生の開発経済学(より広くは実証研究全般への)参入が進めばいいと思う。
・中野さんの最後のセクション「開発に関するすべての事象にRCTが適応できるわけではない」というのはその通りで、事例に挙げられた緑の革命の社会への長期的影響はまさにその例としては適切であると思う。RCTを今のところやらない自分もトピック選択ではRCTで(当分はまだ)答えられないbig picture questionを扱おうと心がけているので大いに共感する...のではあるが、ご自分の論文の紹介の中ででも、分析してる複数の要因の中でどれがRCTに向き、どれが向かないとか、ご自分の分析結果のどこがRCTではできない(難しい)から有用で、どこが今後RCTする(できる)場合の参考になるか、を書かれていたらRCTと非RCTの研究を両方進めていくことの意義をより具体的に書けたのではないかと思う。
・有本さんの記事に関しては、日本の経験はアイデアの宝庫となる可能性はあり、それを開発経済学の視点から分析し直すのはとても価値の高いことであると思う。ただ有本さんが書いている通り計量分析がしづらかったり、(内生性の排除と言う意味で文脈を知らない人に)説得的な実証がしづらいという意味で経済学のランクの高いジャーナルには載せづらい側面があるので、開発経済学史の知見を現時点で政策的方策へのヒントとして需要している人に届ける手段が別にあるといいと思う。途上国の人(か研究している人)と組んで、日本の知見を生かしてできるところをRCTできればとてもいいと思う(小並感)。その前の段階で、素朴な疑問として、そもそもそうした「教訓」が途上国の関係者に興味を持ってもらえるのだろうか、もらえるとしたらどんな側面だろうかというのが気になった。「教訓」が途上国の関係者に興味を持ってもらえて日本関係者・途上国関係者の研究・政策交流が起きている例があれば紹介してもよかったのでは。