Melissa Dell氏2020年John Bates Clark Medal受賞に関する資料集
Melissa Dell・ハーバード大学教授が米国経済学会の2020年のJohn Bates Clark Medalを受賞しました。私は彼女が博士課程を修了した直後からの知り合いでずっと研究のファンでしたし、共同研究もさせてもらったことがあるのでとてもうれしいです。心から祝意を表したいと思います。
この記事では、
(1)米国経済学会の受賞記事を意訳して関連論文情報補足
(2)webで見ることができるMelissa Dellの講演、インタビューへのリンク (2021. 2. 28 更新)
(3)日本語で読めるMelissa Dellの論文解説へのリンク
(4)おまけ
(5)文献リスト
の提供を行いたいと思います。
- (1)米国経済学会の受賞記事の意訳+関連論文情報補足
- (2)webで見ることができるMelissa Dellの講演、インタビューへのリンク
- (3)日本語で読めるMelissa Dell論文紹介・解説
- (4)おまけ
- (5)文献リスト
(1)米国経済学会の受賞記事の意訳+関連論文情報補足
追記:この記事に加え、Daron Acemoglu氏によるより詳細な解説論文がJournal of Economic Perspectivesに掲載されています。(2021年2月28日)
Melissa Dell: Winner of the 2020 Clark Medal - American Economic Association
Melissa Dell, Clark Medalist 2020
https://www.aeaweb.org/about-aea/honors-awards/bates-clark/melissa-dell
以下、www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳した後に意味を取るために大胆に調整、補足しました。
記事ではMelissa Dellの貢献を(A)制度の持続的な影響に関する実証研究、(B)現在の政策的に重要な問題(特に紛争問題)に関する研究に分けて記述しています。論文情報は私が[]で補足して、参考文献に対応する番号を入れました。
(A)制度の持続的な影響に関する実証研究
社会の発展において制度が果たす役割は歴史、政治経済、経済発展の理解において中心的な問題である。Melissa Dellは、慎重かつデータ収集と手堅い実証手法を組み合わせる方法を開拓しながら、国家やその他の制度が一般の人々の日常生活や経済的状況に果たす役割についての理解を深める研究を行ってきた。これにより、経済開発における政治経済学の分野全体に新たなエネルギーと方向性をもたらした。
EngermanやSokoloffと言った歴史家は、長い間、制度の持続性と歴史的出来事が途上国に「長い影(long shadow)」を落としたと主張してきた[例えば参考文献(10, 11)など]。例えば、国際比較によって、植民地時代にラテンアメリカと北米では労働を組織する方法が異なっていたことを指摘し、これらの違いが長期的な影響を与えていたという考えを提示した。より一般的には、Acemoglu、Johnson、Robinson[多分参考文献(1, 2)など]は、植民地時代に、主に偶発的な理由で異なる制度が導入された国々の経験を比較し、初期の違いが今日でも重要であることを示している。
Melissa Dellの研究では、国際比較ではわからないことを明らかにするため、歴史的な偶然や特殊性を利用して、特定の制度の持続的な影響を非常に説得力を持って立証し、その影響がどのようにして起こるのか、具体的な経路を探っている。
このことは“Persistent Effects of Peru’s Mining Mita” (Dell, 2011, Econometrica)[参考文献 (3)]できれいに示されている。この論文でDellは、現在のペルーとボリビアの地域で銀や水銀の採掘を維持するためのスペインの強制的な労働徴集制度が、地理的な不連続性に基づいて構築されたという事実に着目している。特に、鉱山周辺の集水地域にいた男性は強制労働制度(ミタ, Mita)の対象となり、それ以外の地域にいた男性は強制労働制度の対象とならなかった。これらの制度は300年以上前に廃止されたにもかかわらず、その政治的・経済的な影響は継続していた可能性がある。
彼女の論文では、このことを空間回帰不連続設計(spatial regression discontinuity design)を用いて調査し(なお、このこと自体が方法論的な大きな貢献だった)、非常に大きな持続的効果を発見した。境界線の内側に住んでいる家族は、境界線の外側に住んでいる家族よりも約20~30%貧しく、子どもの発育阻害率も高い。
この論文では、以前の文献に見られるクロスカントリー・アプローチを、変動の原因を詳細に分析することでさらに充実させ、制度の効果がどのようにして生じ、持続するかのメカニズムを徹底的に分析している。
Mitaの今日の生活水準に対する負の効果は、Mitaが公共財の不足を生じさせることによって起きている可能性が高いことを示し、これが集水地域の内外の経済構造に関係していることを示唆する証拠を提供している。特にこの論文では、Mitaの影響を説明する上でのハシエンダ(hacienda)の役割を明らかにしている。Haciendaは大規模な農場単位であり、これらの農場を市場につなげるための道路の資金を提供するために政府に影響力を持っていた。Dellは、Mitaの集水地域の外には、Mitaの内部よりも多くのHaciendaが存在していたことを発見している。Haciendaは搾取的な機関である可能性が高いが、それでも国家による強制的な支配よりも長期的な低開発を助長するものではなかった。この観察は、ラテンアメリカにおける開発の遅さを土地所有権の集中と関連づけていた説に反しており、土地を所有するエリートがある意味で経済開発への道を提供していることを示している。
Dellのこの種の研究の他の3つの画期的な論文は[参考文献(4, 7, 8)]、メキシコ、ベトナム、インドネシアの特定の制度の持続的な影響を探し、個々の偶発性の高いできごとを利用するという同様のアプローチに従っている。
これら4つの論文は、経済開発の政治経済学研究への大きな貢献であり、歴史的な偶発性の高いできごとの持続性を分析する方法、さらには一層困難な仕事である、その持続性が生じる理由をを分析する方法を示している。
(B)現在の政策的に重要な問題(特に紛争問題)
Dellの研究の第二の流れは、こんにちの政策に関連した問題に答えるもので、多くの場合は紛争に関連している。ここでもDellは、創造的で新しい実証的戦略をデザインしている。Dellは、「麻薬密輸ネットワークとメキシコの麻薬戦争」 "Trafficking Networks and the Mexican Drug War"(Dell, 2015, American Economic Review, [参考文献 (5)])で、メキシコの麻薬戦争が地域の経済発展にどのような影響を与えたかを分析している。Dellは、PAN党(反カルテルが強い)からの市長が僅差で当選した市町村と、その党からの候補者が僅差で敗北した市町村を比較した。Dellは、PAN党の市長がカルテルに対して強硬な路線をとったことで、ギャング内の暴力が誘発されたとしている。さらに重要なのは、空間的ネットワークを介して犯罪活動が波及していことを初めて示した。ギャング同士の暴力が蔓延している自治体は、麻薬を米国に輸送するための魅力的な場所ではなくなってしまう。彼女はその後、麻薬の栽培地点から米国への入国地点までの道路ネットワークを構築している。彼女は、麻薬抗争の影響を受けた自治体を避けて、米国入国地点までの代替的でより「平和的」な経路上にある自治体に麻薬カルテルの活動がシフトしたことを示している。
この分野の第二の論文は、「外国の介入を通じた国家建設:軍事戦略の不連続性からの証拠」“Nation Building through Foreign Intervention: Evidence from Discontinuities in Military Strategy” である。(Dell and Querubin, 2018, QJE, [参考文献(9)] Dellは米軍の軍事政策(攻撃対象設定)に生じた不連続性を利用しており、村を連続的な尺度で採点した後、その村がどのように扱われるかを決定する離散的なバケットに分類している。そのため、(連続的な尺度で)非常に似たような村が、バケットに入る基準の片側か反対側にある場合は、米軍の軍事行動において非連続的に異なる扱いを受けることになり、この非連続性によって、米軍の軍事行動の違いの影響の評価が可能になった。また、アメリカ陸軍と海兵隊が採用した戦略の違いによる効果の違いを検証し、陸軍のより強引な政策がベトコンへの支持拡大につながったことを示している。
Dellは、その実証戦略における創意工夫、分析の精緻さ、好奇心のおかげで、開発の政治経済学の分野に大きく貢献し、無数の人々にインスピレーションを与えてきた。彼女は変革をもたらした人物であり、クラーク・メダルの受賞にふさわしい人物である。
(2)webで見ることができるMelissa Dellの講演、インタビューへのリンク
1. 本人の講演で本人の研究の振り返り、今後の展望を含んだ一番包括的なものは、
Melissa Dell (Harvard), Calvó Prize 2018 (Full Lecture)
2. 若干短めのものとしては米国経済学会の別の賞である
2018 Elaine Bennett Research Prize Recipient: Melissa Dell
3. 上記の賞受賞の際のインタビューがCSWEPのニュースレターに掲載されています。
https://www.aeaweb.org/content/file?id=11135
手島さん@tetteresearch による解説、ブックマーク🙌
— 奥山陽子 (@yoko_okuyama_jp) April 29, 2020
Dell氏は去年Committee on the Status of Women in the Economics Professionから2年に1度女性経済学者に授けられるBenett Prizeも受賞.
CSWEPインタビューではオクラホマ州の小さい街からハーバードに来た経緯なども.https://t.co/XM9UjYcDAa https://t.co/HUmC27KUUW
(奥山さんありがとうございました)。
今後の経済史研究に起こることとしてcomputer vision, deep learning, and natural language processingなどの情報技術の進展によって使用可能になるデータの種類が増大しそれらによってできる研究が増大するだろうと語っています。またそのために若手研究者にはそれらの技術の習得を進めています。
(2021年2月28日追記) AEAのJohn Bates Clark Medal受賞者としてのインタビューも公開されました。
4.実際に、彼女は現在、日本の歴史データを使って研究を行っています。以下は今回の記事の趣旨からすれば「番外編」ですが、彼女が現在精力的に進めている、年鑑のような本から情報を自動取得する手法についての研究報告を見ることができます[参考文献(12, 13)]。今までは企業年鑑や紳士録のようなデータは手入力することが主流で電子化コストが高く十分に使われていませんでしたが、彼女の手法が広範に使えれば数量的な歴史研究に使えるデータが増え、さまざまな研究が進展するかもしれません。
Kaixuan, Shen, Zhou & Dell. “Information Extraction from Text Regions with Complex Tabular Structure.” https://t.co/z4d1HASsqP
— K. Teshima 手島健介 (@tetteresearch) March 4, 2020
年鑑のような本から情報を自動取得する手法を作ったとして去年のNBER Japanを震撼させた研究の(多くのうちの)1つのステップがざっくり語られてる。 pic.twitter.com/fh6gfLzxxG
IDSS Distinguished Speaker Seminar with Melissa Dell (Harvard University), Dec 2, 2019
(3)日本語で読めるMelissa Dell論文紹介・解説
1.Dell (2015) AERについては、twitterで「ア㊙イさんのお尻」さんがまとめています。
2. 前のセクションの「(B)現在の政策的に重要な問題(特に紛争問題)」に関しては、米国経済学会の記事では触れられていませんが(涙)、Dell, Feigenberg and Teshima (2019) AER: Insightsという論文があります[参考文献 (6)]。これについては、自分の書き物で恐縮ですが、
手島健介(2019)「仕事がないと「悪人」に? メキシコ麻薬戦争の経済学」週刊東洋経済2019年4月27日・5月4日号。があります。
(4)おまけ
Very exciting news!
— Matt Notowidigdo (@ProfNoto) October 29, 2018
Back in 2007 I organized the MIT labor lunch, and I can tell you it was pretty intimidating when **first-year** student Melissa Dell came in and presented this paper on the persistent effects of the forced mining labor system in Peru https://t.co/X6cISaopDO https://t.co/FgTKRpTeIJ
"Mita論文"はMIT在学中PhD1年生の時には報告可能なほどに進めていたみたいですね。。
(5)文献リスト
フォーマットの不統一は気が向いたら直していきます。論文タイトルにリンクが貼ってある場合論文ダウンロードサイトに飛べます。Acemoglu, Johnson and RobinsonおよびEngerman and Sokoloffは古典なのでタイトルでググればpdfファイルがどこかに落ちていると思います。
(1) Acemoglu, Daron, Simon Johnson and James A. Robinson. 2001. "The Colonial Origins Of Comparative Development: An Empirical Investigation," American Economic Review, 2001, v91(5,Dec), 1369-1401.
(2) Acemoglu, Daron, Simon Johnson and James A. Robinson. 2002. "Reversal Of Fortune: Geography And Institutions In The Making Of The Modern World Income Distribution," Quarterly Journal of Economics, v107(4,Nov), 1231-1294.
(3) Dell, Melissa. 2011. “The Persistent Effects of Peru's Mining Mita.” Econometrica 78, no. 6, 1863-1903.
(4) Dell, Melissa. 2012. “Path Dependence in Development: Evidence from the Mexican Revolution,” Working Paper.
(5) Dell, Melissa. 2015. “Trafficking Networks and the Mexican Drug War.” American Economic Review 105 (6). 1738-1779.