経済セミナー2018年8・9月 今知りたい開発経済学

 

経済セミナー2018年8・9月号で開発経済学特集が組まれている。

kindle版を買ってみた。

いま知りたい開発経済学 経済セミナーe-Book

 

・個々の研究者のそれぞれ読み応えのある論考で開発経済学のトピックの広がりがわかり、その上で最初の対談部分で開発経済学と実務の関係で出てくる論点に多く触れることができる、いい特集だと思う。

 

大雑把に(各項目1-2文で)内容を書くと、

 

青柳恵太郎×佐藤寛×高崎善人「現場では何が問題となっているのか」

対談で...話題と視点が多岐でまとめるのが大変なのでセクション名だけ「援助をとりまく現状」「エビデンス・ベーストを求める流れ」「経済学と社会学」「開発とビジネス」「実務家と研究者」「若い人へのメッセージ」。実務者と研究の連携における経済学と他分野の関係、研究者のインセンティブなど、重要なトピックが議論されていた。

 

黒崎卓「開発経済学の功績」は開発経済学の歴史をたどり、最近のミクロ計量化、トピックの拡大などを説明した後、経済学、途上国それぞれに与えた影響を解説している。

 

山﨑潤一「開発経済学の潮流-データを切り口に」は衛星画像データ、企業内データ、土地生産性データ、といった最近開発経済学の研究に多い使われるようになってきたデータなとそれらをうまく使った研究を紹介している。

 

中野優子「アフリカにおける緑の革命にむけて」はアフリカの農業技術向上に向けての障害(信用制約、知識制約、環境制約など)と対応法(灌漑稲作技術研修)を著者の研究を紹介しながら解説している。

 

有本寛「開発経済史 「途上国」日本からの学び」はマイクロファイナンス、粗悪肥料問題の2つの情報の非対称性が問題になる開発経済学のトピックに関して発展途上時期の日本の歴史的経験を情報の経済学の観点から解説したうえで、そのような日本の歴史的な経験から今日の途上国のそれらの問題の対処のために学べることを議論している。

 

庄司匡宏「行動経済学/実験経済学を用いた開発経済学の可能性」はセルフコントロール問題の貯蓄への影響、損失回避選好が技術導入に与える影響、協調性・信頼の実験を使った数値化などの行動経済学、実験経済学分析が開発経済学で使われている例を解説している。

 

以下感想。

 


・個々の研究者のそれぞれ読み応えのある論考で開発経済学のトピックの広がりがわかり、その上で最初の対談部分で開発経済学と実務の関係で出てくる論点に多く触れることができる、いい特集だと思う。(冒頭でも書いたが重要なので二度書いた←コピペですが)。

 

・開発経済学は経済学内のほぼ全分野、経済学以外でも様々な分野と関わるのだから、開発経済学者以外でも自分の専門分野を生かしてどんどん開発経済学分野の研究に関わればいいと思う。

 

・同じ理由で、学生・院生の人の場合は開発経済学を専門にしたい場合でもどれかもう1つこれが自分の専門だと言える別分野を持っていたほうがいいように思う。あと、山﨑さんが書いてるようにどんどん新しいタイプのデータが研究に使われてきているので、テキスト分析、画像分析、機械学習、GIS、ネットワークなどなどできるようにデータ分析能力への投資を今のうちにやっておくといいいと思う。年取ってからだと時間的・学習能力的に厳しくなるので(泣)。あと、これも山﨑さんが書いていたが無料の公開データが多いので技術さえあれば分析できるというのもとても重要なことで、私みたいにデータアクセスしか能がないとまではいわなくてもデータアクセスが研究上の資本の1つ(今書いてて自分で傷ついたので書き直し)中年の価値は下がるがそれはおいといて、意欲的な学生の開発経済学(より広くは実証研究全般への)参入が進めばいいと思う。

 

・中野さんの最後のセクション「開発に関するすべての事象にRCTが適応できるわけではない」というのはその通りで、事例に挙げられた緑の革命の社会への長期的影響はまさにその例としては適切であると思う。RCTを今のところやらない自分もトピック選択ではRCTで(当分はまだ)答えられないbig picture questionを扱おうと心がけているので大いに共感する...のではあるが、ご自分の論文の紹介の中ででも、分析してる複数の要因の中でどれがRCTに向き、どれが向かないとか、ご自分の分析結果のどこがRCTではできない(難しい)から有用で、どこが今後RCTする(できる)場合の参考になるか、を書かれていたらRCTと非RCTの研究を両方進めていくことの意義をより具体的に書けたのではないかと思う。

 

・有本さんの記事に関しては、日本の経験はアイデアの宝庫となる可能性はあり、それを開発経済学の視点から分析し直すのはとても価値の高いことであると思う。ただ有本さんが書いている通り計量分析がしづらかったり、(内生性の排除と言う意味で文脈を知らない人に)説得的な実証がしづらいという意味で経済学のランクの高いジャーナルには載せづらい側面があるので、開発経済学史の知見を現時点で政策的方策へのヒントとして需要している人に届ける手段が別にあるといいと思う。途上国の人(か研究している人)と組んで、日本の知見を生かしてできるところをRCTできればとてもいいと思う(小並感)。その前の段階で、素朴な疑問として、そもそもそうした「教訓」が途上国の関係者に興味を持ってもらえるのだろうか、もらえるとしたらどんな側面だろうかというのが気になった。「教訓」が途上国の関係者に興味を持ってもらえて日本関係者・途上国関係者の研究・政策交流が起きている例があれば紹介してもよかったのでは。